夢の叶えかた  その方法とは自分の責務を全うすること

学びの話
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おはようございます。あいるたんです。

 

夢はありますか?夢はなんですか?人それぞれに大きな夢、小さな夢を持っているのではないかなと思います。私の夢は5人の子どもたちの幸せです。もちろん将来、私がいなくなってもずっと幸せでいてほしいです。その夢を叶えるためには、私自身の責務を全うすることだと思っています。

 

私の責務とは何か? 私の責務は家族全員の日常での心身のバランスをとり、子どもたちの家での居場所をつくり、つらいことがあっても子どもが1人でその物事に立ち向かえる強い心、また自立した心を持たせることだと思っています。

その責務を全うできれば私の夢、子どもたち全員の幸せを願うことは叶うではないでしょうか。

 

そう思えたのはこんなことからでした。

今旦那の父は布教師をしています。宗教を広める仕事をしているのですが、その仕事を息子である私の旦那に跡を継がせたい夢があるそうです。

ですが旦那は宗教を継ぐ気はありません。なぜ気がないかというと布教師という舅を尊敬できないからだと思います。

 

舅は脱サラで布教師になりました。会社でのストレスに耐えきれず、30代半ばで退職し布教師になったそうです。そこから旦那家族はどん底に落ちてしまったそうです。給料が下がり家族が食べていけるかどうかがギリギリの状態になりました。

 

家族を犠牲にしても布教師になった舅です。姑や旦那の苦労は並じゃなかったのではないかと想像がつきます。

まだ布教師になり宗教を通して人の心に寄り添い、時には身を尽くしてでも人を助けるという責務を全うしていたなら、お金にはかえられない何かを仕事をとおして見せてくれていたとしたら、息子である旦那は父親に尊敬ができたのかもしれません。

 

それが人を救うという責務を忘れ、自分都合に宗教の教えを変化させ自由に生きてきた父親を誰が尊敬し、父のようになりたいと思い快く家を継ぐことができるでしょうか。

そして舅は最後には世間体が悪いから継げと声を荒げて言う姿に旦那は落胆しています。

 

舅の夢は長男に自分の仕事を継がせることでした。

その夢を叶えるため舅は自分の人生をかけてやらなくてはいけなかったこととは、息子に尊敬してもらえるような父親になることではなかったのでしょうか。人を助けるという責務を全うすることではなかったでしょうか。

 

人に自分の夢は押し付けられません。夢を叶えられることができるのは物事の損得を考えることなく自分の与えられた仕事を一生懸命にがんばることではないでしょうか。

純粋な気持ちが自分を動かし、まわりを感化していくのだと思います。その先にあるものが夢のゴールではないでしょうか。

 

あいるたんでした。

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